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sketches of a floating world

ジョージタウン マレーシア

MALAYSIA | Tuesday, 1 October 1991 | Views [2352]

1991年1月10日


    バスはネオンの中を走る、まるで時間と競争しているかのように。大切な競争なんだろう、『夜行エキスプレスVIP』の名をかけて、シンガポールの効率の良さを証明しなくては。
    バスの車体は第二次大戦中の軍艦のようにスチールがむき出しで、その上に誰かが『VIP』とペンキでかいた。戦時中、トタン屋根の上にかかれた『POW』のようなもので、これから始まる危機への免罪符になるのかもしれない。
    それにしても VIPとは何をさすのか。ビニルのシートはビットリ肌に密着、リクライニングのボタンは恐ろしいくらい固く、押すと親指が痛くなる。風量調整ができないエアコンは容赦なく冷凍庫のような冷気を乗客の頭に吹っかける。ジャケットを着てもブランケットで脚をぐるぐる巻きにしても、凍るように寒い。朝までには冷凍マグロ。80頭のマグロの不安をよそに、VIP冷凍庫は熱帯の夜を駆け抜ける。
    やがて出国、橋を越えるとマレーシア。新しい紙とスタンプのインクのにおいが不鮮明な空気の中の国境を教えてくれる。薄暗い街を抜けると、懐かしいアジアの顔が待っていた。椰子の木々に包まれた、どこまでもどこまでもまっすぐに続く細い一本道。まだ黒い、塗装されたばかりのアスファルト、無限に展開するジャングルの生地をとりあえず仮縫いするように、黒い糸のような道が北へ、北へと続いている。アクセルを踏む運転手、ヘッドライトに照らされた単調なシーン、ぼんやりと後ろへ流れていく椰子のシルエット。そして突然出現する対向車、熱病に取りつかれるクラクション、パニック、急ブレーキ、罵声の交換、そしてまたアクセルを踏む。半冷凍のマグロたちは浅い夢から振り落とされては怯え、今自分がどこにいるのか目を見張る。冷たいガラスの外には椰子の木。白いほっそりした幹が生暖かい風に揺れる。赤道線の北、地球のどこか。また浅い夢へと船をこぐ、寒さに震えながら、熱帯の夜が凍る。

    朝日があがり、見る見るうちに太陽光線が私たちを溶かしてゆく。やがてバスは長い長い橋を渡る。汚く濁った海に浮かぶペナン島。
    「これがペナン?」
期待はしていなかったけど、でも本当にここが、一応ホリディ地として知られるペナンであろうか。ここまで汚いとは、、、。島には44万人が住み、コーストラインにはホリディアパートメントが無数にひしめいている。軍艦はジョージタウンへむかう。

    ジョージタウンは50年前に時計が止まってしまった街。狭い道を臭いガスを吐き出しながら、バスやバイクが騒音をわめきながら忙しく行き交うチャイナタウン。古い家屋や店のひしめく中に市場がくり広がり、道の脇で眠るおっちゃん、地面に敷いたゴザの上で魚をさばく男、大きな中華鍋の中から熱い油とびはね、無数の屋台からなん種類ものスパイスの利いた香りが漂ってくる。
    威勢良く鍋から踊る焼き飯や焼きそば、アヒルや鶏のまるごとBBQ, グツグツ煮込まれた粥、香りよいラクサのスープはミルク色で、黄色い油や唐辛子の赤や茶色のガランガルだのが、難破したスパイス船の漂流物のようにプカプカ浮く。絞り立てライチジュースにサトウキビジュース、まだ暖かい豆乳。慣れた手つきで液体が、小さなプラスティックの袋へ流されてゆく。砕いた氷とストローが放り入れられ、次々と、差し伸べられた手元へ渡される。朝10時。すでに太陽は地平線から60度をさしている。熱帯地方で太陽は正確な時計になるのだ。そんなじりじりする太陽光線の中、新鮮なジュースは甘さも控えめで、さわやかに冷たい。ひからびた魂をリフレッシュさせる。
    果物の屋台は壮観である。ハニーデューメロン、プリンスメロン、紙の細さに切られたスイカはまさに神業、柿、パパイア、パイナップル、マンゴ、バナナ、リンゴ、ミカン、オレンジ、ナシ、カスタードアップル、スターアップル、サワーソップ、プラム、所狭しと並べられた色鮮やかな創造の傑作たち。その中から4種類の果物を指差すと、男は風の早さでトントントンとまな板の上でリズムよく切り、サーと透明な袋に滑り入れ、削った氷を上にかけ、私に突き出した。
    「ツーダラー」
    新しい貨幣に少し戸惑いながらマレーシアドルの硬貨を渡す。オーストラリアドルだと1ドルか、日本円だと110円くらいなのかな?日本を離れて1年半、円の価値がわからない。

    今日食べたもの。
朝ご飯    ラクサヌードル 1ドル
        豆乳    30セント
昼食        バナナパンケーキ 20セント
        ライチジュース    30セント
おやつ    アイスクリーム 2個 60セント
夕食        焼き鴨 ご飯スープ付き 2ドル
        袋一杯のフルーツ    2ドル
        計 6ドル40セント

    インドネシアで2ヶ月間、ミーゴレン、ナシゴレン、運が良ければチャプスイにガドガド、という単調な食生活をしていただけにジョージタウンは遥かにおいしく感じられる。しかし宿泊は、、、というと、インドネシアと同レベルであった。運悪くシーズン中なのでどのホテルも満員である。それをしってか、昨日の朝、バスを降りてまっすぐに向かったホテルでは狭くて薄暗い不気味なダブルの部屋に20ドルも払わされた。冷凍バスの旅でしっかり疲れ、死んだように昼寝をしていると、突然耳元でがなり立てるヒンズー語のロックミュージック。紙の薄さの壁の向こうから、狂ったように男女が交互に歌いまくる。ロマンス?戦争?復讐?とにかく異様な盛り上がり。 激音に叩き起こされた サイモンが半分眠気マナコで隣の部屋のドアをたたく。ボリューム最大のラジカセが歌い狂う台風の目から色の黒い女性がいぶかしげに顔をのぞく。
    「夜になったら止めるわよ。」
    イイところ邪魔をされ、ムッとしてサリをまとった彼女はディスコへ戻る、今まで以上の熱狂さで。安ホテルに鳴り響くヒンズー興奮は夜まで続く。

    道の狭いジョージタウンではまだ人力車が主流の交通手段である 。 タクシーもあるが、数は圧倒的に少ない。 いすに乗り込むと、 車とバイクの流れる騒音の中、 人力車はのろのろカタツムリのように這いだす。おじさんのゼーゼー、ゼーゼー、荒い息が後方からきこえる。重いペダルを必死で踏む。おじさんは決して若くない。ご老人の境界かもしれない。普段からのペダル漕ぎで鍛えられたようすもなく、出っ腹のお腹がブヨンブヨンと、無邪気な赤ん坊のようにバウンドしている。
    人力車の仕事はきついだろう。日差しは強烈、まさに殺人的。それなのにご老人が多い。しわくちゃの細い体で重いペダルを懸命にこぐ。幾度も衝突されそうになりながら、重力に逆らい、時間の流れに逆らい、自然の法則に逆らい、熱帯の太陽に焼かれながらペダルを漕ぐ。
    やがてタイ領事館が見える頃、おじさんの顔は真っ赤で、萎んでしまった赤い風船が汗ぐっしょりに濡れた服の中で泳いでいるように見える。5ドル札を渡すと、肩を上下に揺らしながら、またきた道を戻っていった。なぜか後ろめたさが残る。どこの街にも、必死で生計を立てている輩もいれば、ベンツを乗り回すお金持ちもいる。これが資本主義、愛されべき資本主義なのに。帰りは若い運転手のタクシーに乗る。料金5ドル。同じ5ドル、でもマイナスやましさ。どっちがお得?

    
 

Tags: asia, memories, travel, youth

 

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